2010年東亜天文学会総会松江大会

研究発表 1

公開天文台の現状とその活用

 兵庫県立西はりま天文台公園 園長 黒田武彦

 全国に公開天文台が増え始めたのは1980年代後半からである。1990年代に入ると口径1mクラスの望遠鏡も登場するようになり、今では10施設以上を数える。
 望遠鏡の大型化、観測機器の高精度化は非常に好ましいことではあるが、地域の人々やこのような大型機を使いたいと願っているアマチュア層に対して、どれだけの貢献ができているかは疑わしい。せっかくの設備を開かれたものにし、宇宙に関心をもつ人々を増やし、熱意ある人々の専門的コミュニケーションの場をどう構築するか、一緒に考えてみたい。


研究発表 2

天文民俗学の課題−試論150の連載をめざして、
    さらに200の連載をめざして

 東亜天文学会 民俗課長 北尾浩一(兵庫県芦屋市

 東亜天文学会会誌「天界」で天文民俗学試論を連載しているが、試論150に近づくにつれて、新たな課題と出会い、また、新たな展開をめざすことができるようになった。
 「天界」誌上では伝えることのできない天文民俗学の研究課題について総会の席で共に考えたい。


研究発表 3

西暦714年の「唐開元占経」の彗星記事について

 作間幸太郎(山口県山口市)

 ここで取り上げる唐開元占経は西暦8世紀に唐朝の第6代皇帝玄宗が、太史令の瞿曇悉達に勅命をもって編纂させた占星術の書物です。(10世紀には滅びてしまいました。)この数年来、その中の第88巻、89巻、90巻の彗星占(彗星についての星占い)と言われる部分を現代語訳しました。つぎに各巻に記載されている彗星の出現記録を背景の星座との位置関係で調査検討しました。そして、これらの彗星記録が単に占星術のための寓話・挿話のたぐいではなく、歴史的に確定された出現記録に対応していることを確認しました。 
 漢文の素読という気の遠くなるような作業でしたが、その中で見つけた約1500年前の彗星出現についての話を(出来るだけ面白く)します。


研究発表 4

カメラオブスキュラの復元

 大西道一(兵庫県神戸市)

  ジョンハーシェルがケープタウンで南天の恒星を観測した観測所の絵が残っている。これはハーシェル自身がカメラオブスキュラで描いた絵と考えられている。
 カメラオブスキュラはカメラが出現する前の画像を正確に記録する装置であった。
 大阪芸大のデザイン美術科教室にカメラオブスキュラの暗箱の部分が何時の頃からか未完成のまま残っていた。これにレンズを付けて使用可能にならないかというF教授の依頼があり、発表者は1993年にレンズ部分を設計し完成させた。
 暗箱の大きさからレンズの焦点距離を計算するとF=1000mmを使うと近景は8m程度となる事が分かった。近景2mを写したいと言う要望があり4枚のレンズを組み合わせて近景2mから無限遠までカバーすることにした。この設計過程と完成したレンズ部分の紹介をする。


研究発表 5

JAXAはやぶさカプセル地上観測チームに参加して

 東亜天文学会 流星課長 上田昌良(大阪府羽曳野市)

 2010年6月13日夜、7年の旅を終えた小惑星探査機はやぶさが帰還し、地球大気圏に再突入しました。これは人工の大火球となり科学的にも貴重な出来事です。その場所は、オーストラリアのウーメラの砂漠です。JAXAの地上観測チームの一員として参加してきました報告です。


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